鶏肋日記(けいろくにっき)

クソッたれな人生や世の中についてのブログです

フリースタイルダンジョンの今後の情報と、事件を通して思ったこと

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初めて当ブログにお越しいただいた方、訪問、ありがとうございます。
何度かお越しいただいている方、いつもありがとうございます。
鶏肋(けいろく)と申します。

 

フリースタイルダンジョンのこれからについて。

そして、そこから感じたり、思ったことについてです。

 

フリースタイルダンジョンの今後

 

ORICON NEWSより。

 

www.oricon.co.jp

 

カンタンにまとめると、

 

・今後の放送は、UZIさん出演部分をカットし、放送ラインナップを調整中

1/23(来週)『MonstersWar2017 』の名場面集を予定

1/16放送予定分も放送日を調整中

番組終了の予定はなく、MCはZeebraさんで、進行役は調整中

 

とのこと。

進行役、誰に打診してるんだろう?

気になる……

 

ちなみに、

Zeebra's LUNCHTIME BREAKS

の放送中に、GASHIMAさんがふらりと遊びに来て、ダンジョンの話題になりました。

 

そこでZeebraさん、

来週、再来週は『MonstersWar2017 』を放送する予定」

「GASHIMAのプレイが凄かったので、あれ(1/16放送予定分)を流さないわけにはいかない」

 

と。おお、やっぱり凄かったんだな、GASHIMA!!!

早く見たい!

 

 

ニュースやコメントなどを見て思った、感じた、考えたこと

 

近くにいる人は誰も気づかなかったのか、とか、芸能界とかメディアの世界とクスリは関わりが深いんだろうな、とか、彼に近い人間で、「ヤバイ!次は自分かも!」って、焦って証拠隠滅に勤しんでる人もいるんだろうな、とか、そんなことを思いました。

 

一方で感じたのが、UZIさんがラッパーとして、HIPHOPを支えてきた人間として、いかに信頼されていたか、愛されていたかということ。

とくにRHIMESTER宇多丸さんのコメントには、こっちも泣きそうになりました。

 

なんというか、彼らのコメントを聞いていると、多くの人の信頼を裏切ってしまったにせよ、帰る場所がある感じがしました。

 

UZIさんが法の裁きを受けた後、戻ってきたときに、謝ったら、

 「テメーバカヤロウ!何やってんだ!」

と言いながら(+どつきながら)、それでもみんな、最後は「お帰り」って言ってくれる。そんな感じ。

 

そういうのが、ほんとうに温かいなあ、羨ましいなあって思いました(小並感)。

 

ただそれは、彼がそれまで周囲の人との間に築きあげてきた信頼の貯金がかなり貯まっていたからであって、そういう貯金を築いていない人の場合、もっともっと小さな犯罪や、場合によっては極少のミスというマイナスでさえも、周囲は受け入れてくれない、かばってくれない、ということになりうると思うのです。

 

単純に、また聞きたいもんなぁ。

「かませー」と、そしてなにより、

 

うぇいよ~

 

 

つくづく、信頼の貯金って大事だなぁ。

 

小さなところでは笑顔、声掛けなどの、ちょっとした配慮。

大きなところでは社会を改良したり、弱者を助けるような活動。

周りの人の不快や不幸を除いたり、快や幸福を提供すること。

 

学生でも、社会人でも、職がない人でも、子どもでも、どんな人でも、必ず何かできることがある。

そういうことをこつこつ積み上げてきた人は、やっぱり素敵だ。

 

誤解を恐れずに言うと、「犯罪も何も犯していないけれど、ほとんど何のプラスも与えていない」人より、「犯罪は犯したが、きっちり罪を償い、トータルでプラスオーバーの影響をする」人の方が、ぼくは会いたいし、話したいし、応援したい。

 

日本は、一度の罪やマイナスに対して罰が重すぎる、と思う。

法的な罰ではなく、社会復帰、という面で。

 

「元〇〇」の烙印でもって裁き過ぎる。

そしてそれは、セカンドチャンスが著しく乏しい状況につながる。

 

アメリカは良いところも悪いところもたくさんあるけれど、薬物や依存や、そういうところから立ち直った人に対し、賞賛とチャンスを与える風土がある。

 

それがどのくらい大変で偉大なことか、知っているからかもしれない。

あるいは単に「立ち直ったぜ。ウェーイ」的なノリが好きなだけかもしれない。

 

残念ながら、日本にはセカンドチャンスはあるにはあるが、圧倒的に乏しい。

 

その原因は単純で、スムーズに「勝った」側の人間が、自分たちのポジションを奪われる可能性のある機会を徹底的に排除し、新規参入を認めたがらないからだ。

 

人間心理としては当然だと思う。

そりゃあ、うまい汁、居心地のいい椅子、手放したくはないだろう。

 

でも、それをやりすぎると、「間違ってはいない」が「つまらない」社会にしかならない。そして潜在的に、「外れる」ことに対する過剰な不安と恐怖が増殖する。

 

ま、ぼくはもう「外れた」側なので(犯罪は犯していません)、気楽といえば気楽なのだけれども。

 

要するに、人生、大きな方向として、

失敗にビビるより、プラスの総量がマイナスを上回る

そういうことでいいんじゃないだろうか。

 

いつも他人の粗探しばかりして、

 

「ハイ、マイナス1点見~~~っけ♪♪」

 

そんなの、くだらないし、虚しい。

 

真島のアニキ風に言えば、

「アホくさ」

 

そう、思いません?