鶏肋日記(けいろくにっき)

なんやかやと思うこと、クソッたれな人生や世の中についてのブログです

パチンコとか依存症とか

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鶏肋です。

依存症について。

 

煙草、アルコール、薬物、恋愛、性、買い物、ネットゲーム、ギャンブル、SNS……

 

これらへの過度な依存は依存症と呼ばれ、治療の対象にされたりしますが、

(早い話が中毒です。医療上の呼称が変わっただけで)

 

パチンコはギャンブルの最たるもの

 

ですよね。

 

 

昔、アルバイト情報誌をよく見ていた時期に、驚いたことがあるんです。

 

情報誌には、「接客」「高時給」「日払い」「勤務地が近い」など、項目別に求人情報を掲載されているのですが、ページをめくると、ゲームセンターでのアルバイト求人がありました。

 

ジャンルを見ると、アミューズメント」

 

そりゃそうだよな、と思いながら隣のページを見ると、同じアミューズメントの頁に

 

パチンコ、スロット

 

があったのです。  ((((;゚Д゚))))  プギャー

 

イヤイヤイヤ。ギャンブルでしょ。

なんですか、アミューズメントって?

1玉が何円とか関係ないでしょ。

 

掛け金が増えたり減ったりするものはギャンブルでしょ。

(こう考えると株や投資なども広義のギャンブルになりますが、今は置いといて)

 

 

まずは、景品の交換システムとか、某国へ流れてる金の問題とか、

そのあたりをクリーンにしてからアミューズメント」を名乗ってください。

 

ゲーセンと一緒にしないでください。

迷惑です。

(といいつつ、ゲーセンにはほとんど行きませんがw

あと、最近のアルバイト情報誌はまったく見ていないので、もしかしたら表記が変わっているかもしれません)

 

 

政府の依存症対策も、そこらへんには触れないんだろうなあ。

 

 

そもそも依存症って、究極的には、心に空いた穴を埋める行為でしょう。

 

その対象が、人によって煙草、アルコール、薬物、恋愛、性、買い物、ネットゲーム、ギャンブル、SNS……となるわけで、それらで、必死に穴をふさいでいる。

穴に呑まれないようにしている。

 

 

ぼくの場合でいえば、はそのきらいがあるなぁ。(↓ 参考までに)

 

y-keiroku.hatenadiary.com

 

 

 

なんにせよ、依存症は心の問題なので、個々を取り締まる法を整備しても、根本解決は不可能でしょう。

 

もちろん、ないよりはいいと思いますが。周囲の人のためにも。

 

 

そのあたりのことが描かれた傑作↓

 

 

 

 

ところで、「何にも依存しない人」なんて、いるんでしょうか?

たとえば、信仰をもっている人は神様依存になりませんか?

あるいは、依存がイケナイことなのであれば、何もかもから自立することなんて、人間にできるのでしょうか?

山奥に一人で住めば、それで完全に自立したといえるのでしょうか?

 

いえないですよね。

だって、山奥に住んだとしても、生まれたということは親がいるわけだし、野生生活をするための知恵は、過去に本や映画などで仕入れたものかもしれないわけですから。

遺伝子に組み込まれた情報も、自分一人で得たものではないですし。

(何兆歩か譲って、もし一人ですべてできる人がいたら、その人は自分依存です)

 

人間はどこまでいっても、誰かの何かの恩恵を受けざるを得ないのです。

 

だから、何事であれ、適度であれば問題はないのであって、「依存症」「中毒」と、あまりに言い過ぎるのもどうかと思います。(言ってない?w)

 

そんなこと言い出したら、プロスポーツ選手もスポーツ依存になってしまうw

よく働く人は仕事依存になってしまう。

親切な人なら親切依存

 

 

だからぼくは依存症を、「本人や周囲の人の、心身の健康や社会生活を破壊するもの」くらいに、勝手に定義しています。

 

そういう話でした。