鶏肋日記(けいろくにっき)

クソッたれな人生や世の中についてのブログです

革命

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昔に書いたショートショートの小説が出てきたので、載せます。

 

本庄は将来を世界に嘱望されたピアニストだった。

ショパンコンクールで優勝して以来、「ホロヴィッツを凌ぐ天才若手」の触れ込みで、国内、海外、どこに行っても彼の演奏は好評を博した。

本庄自身、何の不安もなく、ただ希望だけがあった。

ショパンのすべての曲を完全に理解しており、また弾きこなせているという自負があったし、実際に世界の第一人者といわれるたしかな音楽評論家からもそう解説されていた。

ただひとつの曲、『革命』を除いて。

 

 


永い夢を見た。

あまりにも生々しい夢で、それが夢だとわかったのは、目が覚めた自分の寝巻きが汗でびっしょり濡れているのがわかったからである。

そこが病院の一室だとわかったのは、さらにしばらく経ってからだった。

 

「先生、意識を取り戻しました!」


女の声。

看護婦だ。

いや、今は看護師と言わなくてはいけないのか。

まぁそんなことはどうでもいいことだけれど。

本庄は他人事のようにそんなことを考えた。

医者と思しき恰幅のある男が顔を覗き込み、尋ねた。

私がわかるか、だの、指は何本見えるかだの。

ひとしきり確認が済んだらしく、二人は部屋から出ていった。

入れ違いに誰かが騒がしい音をたてて入ってきた。

母親だ。

この数年音楽活動で世界を飛び回る生活が続き、家にはろくに帰らなかった。

本庄は十数年ぶりに母の顔を見たような気がした。

 

「お前、大丈夫なのかい。私がわかるかい」

「うん。平気だよ。記憶がはっきりしないくらいで」


母親は急に黙り込み、下を向いた。

その顔が本庄には不可解だった。

よほど心配したのだろう、よく見ると母の顔は皺が多く、体も弱々しく見えた。


「随分心配かけちゃったみたいだね。すっかりやつれちゃって」

「そうじゃない。そうじゃない」


そう言うと母親は声をあげ、泣き崩れた。

コンコン。扉をノックする音が聞こえた。


「はい」


本庄が返事をすると、先の医者と見知らぬ男性が入ってきた。


「なんてことだ。信じられん」

 

男は大げさな表情でもらした。

二人は本庄から少し離れ、こそこそ何かを話し始めた。

母親はまだ泣いている。


「あの」本庄は声を出した。

「どういうことか話してもらえませんか」


その瞬間、向こうを向いていた医者と男の背中がびくっとした。

そしてお互い何かの意思確認をするかのように目で会話を交わしたあと、こちらに寄って来た。

医者が口を開いた。


「本当に何も覚えてないのかね」

「何もって、何をです?事故に遭ったらしいことはわかりますけど」

「他に気づくことはないかね」

「そう言われても、激しい夢を見たくらいで……そうだ、ぼくは夢でアイデアを得た。わかったんだ。『革命』の弾き方が。こうしちゃいられない。早くピアノのところに」

「君」

もう一人の男が言った。

形容しがたい奇妙な表情だった。

そのとき、部屋の隅から母親が突然叫んだ。

「言わないで。黙っていてあげて」

 

 

翌日。

【あの大惨事航空事故から20年。

唯一の生存者、本庄誠氏が奇跡的に意識を回復した。

氏はかつて前途を世界に期待されたピアニストだったが、オーストリアから日本に至る便が突如航路から外れ、機体はインド洋南方に墜落した。

乗客534名が死亡もしくは行方不明。

唯一生存が確認された同氏も意識不明の重体で、ただちに都内の病院に搬送された。

同氏の身体の損傷は激しく、左手が見当たらなかった。

右手も切断しなくてはならず……】


医者がそこまで新聞を読んだとき、本庄の顔面は蒼白になっていた。


「じゃあおれはずっと…」

「そう、20年間植物状態だったんだ。今君は45歳。気の毒だが両手もない」

「そんなことはない。腕はちゃんとある。ほら、今だって動いてる」

「君は今寝たままで腕が見えないからそう言うんだよ」

「じゃあ今動いているこの手はなんだ」

「それは幻肢症と言って…」

「うるさい!ぼくの手はある。ほら、着想を得た『革命』の指運びだ。腕がなくて、どうしてここまでできるんだ」

 

本庄が叫んでいるところに、看護師が慌てて走ってきた。

その顔はまるで死人のように青ざめていた。

 

「先生、大変です」

医者もただ事でないとわかったのだろう、看護師について病室から出て行った。

 

ホルマリン漬けのびんを見た途端、医者は身動きができなくなった。
その右手は激しく、速い動きで踊りくねっていた。

 

どこかの海の底では、人間の左手と見える物体がやはり躍動していた。

二つをあわせると史上最高の『革命』が演奏されていたことを知る物はこの世に誰もいない。

 

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江戸川乱歩『指』パクった本歌取りしたものです。

リスペクトしてるから書いたんだからねっ!!

なんか急に思いついて、タカタカキーボードを打った気がします。