鶏肋日記(けいろくにっき)

クソッたれな人生や世の中についてのブログです

生きづらさ①~自殺未遂~

f:id:y-keiroku:20171002161016j:plain

 

別に、悲劇のヒロインを気取りたいわけでも、「それを克服したぜ!」とか、得意気になりたいわけでもありません。ただ、「なかったことにしたくない」のです。

 

ぼくは今でも希死念慮をいくらか抱えながら生きていますが、自殺未遂を行ったのは、10歳のときの一度だけです。

 

(両者の違いは、ぼくの認識では

 

希死念慮……死にたいと思うこと。自殺願望とだいたい同じ。病苦や多額の負債などの具体的な苦しみが原因である場合と、そうでない場合がある。

 

自殺未遂……死のうとして、現実に死に至らなかった場合のこと。)

 

 

当時のぼくは、虐待といじめダブルで降りかかり、それらが毎日毎日、2年以上続いている状態でした。

 

加えて、その現状に、誰一人として味方に立ってくれない。それどころか、苦しんでいることに気づいてくれる人さえ、一人もいない

 

親も、親戚も、友達も、クラスメートも、近所の人も、担任も。誰も、誰も。

 

そういう状況に、耐えられなくなっていたんだと思います。

(今では、"気づいてくれなかった"友達は、「無力感から何もしなかった」のだと理解できますが)

 

ある日の夕方、学校から帰ってきたら、たまたま家族は不在でした。

 

ぼくは、当時住んでいたマンションの、ベランダの手摺りにおもむろに歩み寄り、「よいしょ」と、鉄棒をまたぐくらいの感じで柵を乗り越えました(地上20m以上)

 

そして眼下を見下ろし、

 

「ここから落ちたら死ねるのかぁ」

 

と思いました。

 

恐怖心はまったくありませんでした

 

 ただただ、ラクになれるんだと思っていました。

 

そして手摺りを後ろ手に掴みながら、じっと、

 

「どうして自分は生まれてきたんだろう?」

「自分がいったい、何をしたというのだろう?」

 

そんなことを考えていました。

 

他にもいろいろ考えたと思いますが、最終的に

「今自分が死んだら、あいつら(=いじめの首謀者たち)が喜ぶだけか。アホらし」

 

そう思い至り、また手摺りを越えて、"何事もなかったかのように"それまでの生活に戻っていきました。

 

手摺りがどこぞの建築物のようにチャチな代物だったり、少し強めの風が吹いたり、もしかするとクシャミをした反動だけでも、ぼくは真っ逆さまに地面に叩きつけられ、即死、あるいは生涯にわたり治ることのない体になっていた可能性が大です。

 

考えると、背筋が凍る心地がします。

 

 

あれから、20年以上経ちました。

 

その間に、人間にとってもっとも大切なのは信頼だ、ということがわかってきました。

 

また、虐待やいじめが一過性の苦境ではなく、そのときにきちんと理解してくれる他者や適切なケアがなければ、長きにわたり(場合によっては一生)その人を蝕み、人生を破壊するほどの後遺症をもたらすということも。

 

それら苦しみの原因を要素に分解し、個別撃破を繰り返すこと15年以上。

(他にもいろいろとありました。とにかく、血を吐き、身を削る歳月でした)。

 

 (↓参考までに)

y-keiroku.hatenadiary.com

 

 

おかげで、というべきでしょうか、

 

今ではある程度、生きやすくなりました。

 

日常を日常として送れるようになりました。

("健康"な人からすると、割合は低いかもしれませんが)

 

まぁ、社会構造には悩まされっ放しですが(←これには文句が腐るほどある!!)

 

ともあれ、

 

「こんな人生で、よう死なんかったなぁ、おれ」

 

素直に、そう思います。

 

 

それでも、折に触れて、古傷が痛むのです。

 

あの時、飛び降りようとしていた、10歳の自分に、

 

「ねえ。飛び降りなくて良かった?」と聞かれたら、

 

「うん、良かった!死なんで良かった。生きてて良かった!」

 

なんて、まだ言えない。

でも、遠からず、そう言えるようになりたいなぁ。

 

そんなことを思いつつ、日々生きてます。闘ってます。

 長い道のりですが。