鶏肋日記(けいろくにっき)

クソッたれな人生や世の中についてのブログです

なぜ高学歴な人ほど「学歴なんていらない」と言うのか

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以前から気になっていたのですが、それについてぼくが思うのは、

 

たぶん、ルサンチマン(カンタンに言うと恨み)なんだと思います。

 

どういうことかというと、

物事や人間や社会や経済などの仕組みが理解できるにつれ、人は、「その時点」の価値基準で過去を再評価できるようになります。そして、これが曲者なのですが、その評価基準以外の情報は視野から「落ち」ます。

過去を、現在の損得で採点できるようになり、その目を通して自らの過去を振り返ったときに、「あれは無駄だった」「あれは良かった」と考えるようになる中で、

 

今まで受験勉強に費やした膨大な努力と時間があったら今の自分なら「〇〇〇万円稼げ(数字はその人次第)、「△△△でき(内容はその人次第)。それじゃあ、あのときの頑張りは、割に合わないじゃないか。無駄だったじゃないか………

 

そういう具合に、勉強にかけたコストが「損」に見えてくる。続いて、「損」をさせられていた自分、それを強いた学校や親や社会に対し、怒りのようなものが湧いてくる。他方で、学歴のためにではなく、他のことに時間やエネルギーを使う連中のことが心底羨ましくなり、それらの感情がないまぜになった結果、「学歴なんていらない」や「学歴は(成功に)関係ない」等の発言に結び付く。

 

そういうことなのではないかと思うのです。

あるいは、「自分は学歴と関係のないところで闘ってきた」。

そう言いたいのかもしれません。

 

しかしいずれにせよ、それらの発言には大きな見落としがあります。それは、

「学歴をもったあなた」は「学歴をもたなかったあなた」ではない、ということです。

 

たとえば、「大学なんて行く価値がない」という人は、大学に行ったから、大学が無価値だとわかったわけです。行っていなければ、大学がどういう場所であるかということ自体がブラックボックスに入ってしまうので、そもそも要るのか要らないのかすらわからないはずなのです。

ピーマンを食べた後で、「あんなもん、マズイから食わんでエエ」と言うのと同じ理屈です(ぼくのことですw)。

 

 

もちろん、誰が何を言おうと自由なのですが、高学歴な成功者が「学歴はいらない」とは、あまり言わない方がいいんじゃないかとぼくは思います。理由はおもに3つ。

 

 

①真に受けて「勉強しない」連中が出てくるから

「真に受ける奴が悪い。自己責任だ」と言ってしまえばそれまでなんでしょうが、影響力の強い人がそれを言っちゃうと、それは未成年たちへのハシゴ外しだと思う。

 

②行きたくても行けなかった人の劣等感を抉る行為だから

経済、学力、健康、諸事情あるでしょうが、そういう残念さを抱えながら生きている人を、みだりに刺激して苦しめちゃいかんと思うのです。

もちろん、自分で選んで「行かなかった」人は別ですが。

ただ、大人になってから高校や大学、大学院に行ったり、行き直すのは、全然アリだと思います。むしろリカレント教育は、もっともっと普及すべきです!!

ロンドンブーツ1号2号田村淳も来年大学受験するとのことですし、ほかにも芸能人の例も多いです。ぼくの知っている範囲でもちらほら聞きます。90歳を超えて入学された方もいるんだとか(スゲー!)。

動機だって、純然たる学びだけでなく、劣等感の解消が目的でもいいと思います。

(ただ、リカレントとして、学費は高過ぎると思う)

 

③その人自身の価値基準が後年に変わる可能性もあるから

その人自身が後年、「やっぱり学歴は大事だ」と鞍替えす可能性だってあるわけです。

価値観なんて、いつ何時変わるかわからないと思うのです。

それとも、物差しはあくまで、市場価値の1本だけなんでしょうか?

 

という話。