鶏肋日記(けいろくにっき)

クソッたれな人生や世の中についてのブログです

安らかに

21歳弱だった、飼っていた猫が、亡くなった。

 

人間でいえばほぼ100歳。

 

 大往生と言えるのかもしれない。

 

そもそも、冬のある日、学校の帰り道で、普段は通らない道を通ったために出会った。

 

がりがりに痩せた野良猫だった。

 

カバンに入れ、家に連れて帰った。誘拐か?

 

最初の1日は水を何口か飲んだだけで、あとは、泥のようにひたすら眠った。

 

2日目は一転して、とてつもない勢いでゴハンを食べまくった。

 

ところが、人間にはなかなか懐かず、ゴハンも、自分の周囲に人がいないことを確かめてからでないと、決して食べなかった。

 

慣れるのに3ヶ月ほどかかっただろうか。

 

その間、見た目の柄ごちゃごちゃさや何やらで、名前を付けるのに難渋した。

 

1ケ月かかった。

 

やがて少しずつ生活に馴染むと、家の中を走りまくり、机や棚の上にあるものを落としまくり(壺がたくさん割れました)、好奇心の塊みたいに狂喜乱舞した。

 

パソコンをいじっていると机の上に跳び乗り、モニター上のマウスのカーソルを目で追い、はては手で攻撃し始め、作業を妨害。

 

鮭を食べようと箸で口に運んでいると、突如忍び寄り、横から強烈猫パンチ。バレーボールのスパイクさながらに鮭は地面に叩きつけられた。

 

そんな我が物顔の自由天下は、半年ほどで終わりを告げる。

 

知り合いからの、赤ちゃん猫を引き取ってほしいという頼み。

 

ライバルが2匹増えた(兄弟猫)。

 

しばらくは子ども相手にどう振舞えばよいか戸惑っていたが、やがて体の大きさが同じくらいになると、年齢差もないような、ほとんど対等な関係に落ち着いていった。

 

ケンカもたまにしつつ、ほどほどの距離で共存。

 

一緒に過ごす時間が、血の濃さを上回ってくる。

 

その後も、他に猫が我が家にやってきた。

 

地位を脅かされる危険を感じていたのかどうか。

 

しかし、老いるに伴い、不要な小競り合いはだんだん起こさなくなった。

 

もともと、そこまで好戦的なタイプではなかった。

 

20年になるまでには、途中、病気で死にかけたことが2度ほどあった。

毎日獣医さんに通い詰め、なんとか事無きを得た。

あのときの治療費はマジで高かった。。。

 

2年くらい前に、蓄膿であることが発覚し、細く長く治療に通うようになった。

一病息災な感じで。

 

体重が落ち出したが、もともとスリムな体型だったので、深刻に捉えてはいなかった。

 

それが2ケ月ほど前、久しぶりの入浴をさせてから、急に体調が悪くなった。

 

目に見えて痩せていった。

 

より頻繁に獣医さんに通い詰め、点滴と抗生物質などの注射の日々。

 

それでも、確実に、骨と皮の体になっていった。

 

徐々に終わりが近づいている。

 

覚悟はしていた。

 

そして昨日の夜中。

 

水も口にできず、自力で起き上がることもできず、横になって小さな呼吸を繰り返すだけで精一杯になった。

 

目は、涙で滲んでいるように見えた。

 

お腹の膨らみが少しずつ小さくなり、息をする間隔が長くなり、そして、静かに亡くなった。

 

できることが何もないぼくは、手を握りながら、目を見つめ、「ありがとう、ありがとう」くらいしか言えることがなかった。やべ、また涙出てきた。

 

生物は、死んだらどこへ行くのか。

 

人間と他の動物は「あの世」で再び会えるのか。

 

ひとつの、大きな生命の集まりに帰って行き、区別なんてなくなるのか。

 

はたまたただの「無」に還るのか。

 

地獄行き決定なのか。

 

わからない。

 

わからないが、あいつが生きた20年は、ぼくの人生の中に確かにあった。

 

看取れて、よかった。

 

 

ありがとう、ジョニー。おつかれさま。